2015年7月27日月曜日

神戸海外移住者顕彰事業 『セルポート』150711号

神戸今昔物語(第514号)湊川神社物語(第2部)
「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(57

神戸海外移住者顕彰事業(臨時)

◆神戸とブラジル  今号は脱線して海外移住がテーマである。理由は「神戸市広報紙KOBE」(201571日号)の「神戸とブラジル」特集の表紙で、メリケンパーク「海外移住者像」の写真を見つけたからである。

◆海外移住者像  筆者が『セルポート』にこの連載を始めた目的は、筆者たちが19997月から展開していた市民運動「神戸海外移住者顕彰事業」を宣伝するためであった。

運動を始めた頃、「移民は暗い。暗い話は神戸のイメージに合わない」「移住事業は国策。現地で苦労した移住者は祖国を恨んでいる」「寝た子を起こすな」などの反対意見が圧倒的に多かった。

運動はブラジルを中心とする海外日系人の共感を呼んだ。内外から寄せられた浄財で20014月に移住者像を建立した。作者は彫刻家の菊川晋久氏である。

山手の「海外移住と文化の交流センター」(旧移民収容所)とメリケンパークの「移住者像」を結ぶ坂道「移住坂」を訪れる観光客、海外日系人は多い。

◆ブラジルからの手紙  20064月、筆者に1通の航空便が届いた。差出人はサンパウロ在住の日系一世女性である。一部を紹介する。

「拝啓 楠本利夫様  (『移住坂~神戸海外移住史案内~』)を読みまして、自分が13歳のとき、家族と供に過ごしたあの懐かしい移民収容所が、大勢の心ある方達のお陰で、海外日系人会館として保存される事に大きな感激を受けました。思い出しますと、1960717日サントス港着のオランダ船チサダネ号の長い航海の旅はまだ子供心には全てが珍しい初体験の連続でしたので、沖縄の那覇港での、あの身を切られるような、夜になっても涙がかわかなかった辛い悲しさを紛らわせてくれました」。

◆ブラジルでの生活  「ブラジルの生活は、青春時代はなく、家族のためにただ働きずくめの生活の中で、家族にアパートを買い、両親を助けながら(略)、心の奥では、やっぱり子等の将来を考えれば、どうして、母はどの子にも相談せずブラジル移住を決意し行動したのかと、内心反抗しながらも、家族が皆、楽になれるよう努力してきました」。

◆神戸の思い出 「神戸旧移民収容所の思い出に残っていますのは、前の坂を下りた通りに、ひとりで散髪に下りていって、髪をきる間、理髪店の方達に移民としてブラジルへ行く話をしましたら、散髪代金を受け取らないで、幸せにねーと言われたのを思い出します。坂を上りながら、さみしくなった私はなぜか後ろを振り向きました。すると何と、あの理髪店の皆様が通りに立って手を振っているではありませんか! びっくりしましたが同様に手を振って移民収容所へ帰ったのを今でも覚えています。当時の神戸の方達にとって、当たり前の行動だったのでしょうね。

本当に温かい日本人の心がしのばれます」。

手紙を読んだ後、筆者は涙が止まらなかった。

市民運動の経緯は、黒田公男『神戸とブラジル』(神戸新聞総合出版センター)と拙著『移住坂』(セルポート)に詳しい。


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