2014年6月27日金曜日

神戸山手大学公開講座「湊川神社物語~初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸~」2014.7.5(土)1400


神戸山手大学 神戸学公開講座

第5回
・テーマ 「湊川神社物語~初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸~」
・とき   2014.7.5(土)1400~1530
・ところ  神戸山手大学3号館(相楽園西隣)
・講師   楠本利夫(芦屋大学客員教授)
・会費   1200円
・問合わせ 078-351-7170(神戸山手大学)

湊川神社物語~初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸~
1.  湊川神社神戸創建
2.  折田の猟官運動
3. 折田年秀日記
4. 折田のキリシタン布教活動監視報告
5 折田と西南戦争
6. 折田と「3宗教合同演説会」


 
 

2014年6月12日木曜日

神戸山手大学公開講座 「改正条約施行~居留地返還と内地雑居への市民の懸念~」(2014.6.21(金)1400~)

神戸学公開講座

第4回「改正条約施行~居留地返還と内地雑居への市民の懸念~」

とき   2014.6.21(土)1400~1530
ところ  神戸山手大学3号館(相楽園西隣)
講師   楠本利夫(芦屋大学客員教授)
会費   1200円
問合わせ 078-351-7170(神戸山手大学)

公開講演会「阪神間モダニズム~昨日・今日・明日~」(7月4日(金)1330~於:芦屋市民センター)

公開講演会のご案内

1.とき :2014.7.4(金):1330~1530
2.ところ:芦屋市立芦屋市民センター(芦屋市公光町5-8 0797-26-6453)
3.テーマ:阪神間モダニズム~昨日・今日・明日~
4.講師 :楠本利夫(芦屋大学客員教授)
5.参加費:無料
6.主催 :芦屋防犯協会(0797-32-0003)
 

2014年6月10日火曜日

折田の赴任(6)「折田年秀日記」(『セルポート』2014.6.11号)


       神戸今昔物語(通産第478号)湊川神社物語(第2部)

「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(21

折田の湊川神社赴任(6)~明治6年の神戸~

 ◆折田年秀の赴任  明治681日、折田は、午前11時発の汽車で新橋から横浜へ向った。横浜で大阪行きの船に乗り込んだ折田は、3日朝、大阪に到着し、神戸行きの川蒸気に乗り換えて、午後4時、神戸に着いた。湊川神社は前年5月に創建されていた。正式着任日は815日である(湊川神社『大楠公』)。

◆明治6年の神戸  

1月:10日、徴兵令発布(神戸は大阪鎮台管轄に)。

2月:17日、居留地の第4回競売(5区画)。居留地は、第1回(明治元年724日)競売以後、計4回、126区画の永代借地権を競売した。国別落札区画数は、英64、プロシャ23、蘭15、米11、仏11、伊、行事局1である。

  24日、切支丹禁制の高札撤去。キリスト教を黙認。

28日、勤皇の僧・宇都宮黙霖が還俗し湊川神社初代権宮司に(410日まで)。

この月、工部省、川崎浜のツレジング製鉄所を買収し兵庫造船所とする(後、川崎正蔵が払い下げを受け。川崎造船所に)。布引山、花園社に無償払い下げ。

3月:5日、神戸大阪間鉄道試運転(開通は明治73月)。

4月:30日、湊川に木橋「新町橋」架橋。

この月、「元町・海岸間」の道路工事着手(11月完成。「栄町通」の命名は明治7年)。

5月:2日、教部省、折田に「湊川神社宮司兼補大講義」発令。

   5日、折田、東京両国矢の倉に「湊川神社遥拝所」設置を教部省に請願。

この月、貿易五厘金の率を「4厘」に変更。旧生田川敷地整地工事完成、「加納町」と命名。

6月:15日、富岡鉄斎に湊川神社権禰宜発令。鉄斎は74日着任後すぐに帰京(710日、辞表提出、725日、依願免官)。兵庫県令神田孝平が鉄斎を初代宮司に推薦していた。

7月:28日、地租改正条例布告。

この月、「税関前浚渫湾(入堀)」の砂除堤石垣増築、湾内浚渫完成。現京町インター付近にあったこの湾は、昭和40年代に埋め立てられ消滅。後にこの湾の西入口に、「京橋」が架けられた。

 8月:3日、折田宮司神戸着。湊川神社へ入る。

4日、折田宮司、湊川神社で初祝詞奏上。

17日、閣議で参議西郷隆盛の朝鮮派遣内定(発表は、遣欧大使岩倉具視の帰朝後とする)。

 9月:10日、岩倉具視、湊川神社参拝(岩倉は、ゴルテンエン号で9日午後神戸に到着。13日、横浜着)。

22日、湊川神社本殿、付属建物等すべて竣工(費用:22,449189厘)。

10月:15日、閣議で西郷の朝鮮派遣決定。

18日、三条太政大臣急病。20日、岩倉、大臣を代行。

24日、天皇、岩倉の奏議を受け、朝鮮遣使を無期限延期(「征韓論」敗北)。

この月、マーシャル神戸港長が、神戸築港計画を兵庫県に提出。

11月:神田県令、マーシャル港長の築港案を政府に上申。

12月:神戸築港案、政府から不許可通知。

この年、雑居地海岸の石垣築造工事竣工し「海岸通」と命名。米国人宣教師タルコット、ダッドレー、花隈村の私塾で英語教授開始。湊川神社境内の「建屋営業」許可。

折田の赴任(5)「折田年秀日記」(『セルポート』2014.6.1号)


神戸今昔物語(通産第477号)湊川神社物語(第2部)

「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(20

 折田の湊川神社への赴任(5)~明治5年の神戸~

 ◆折田年秀宮司着任  湊川神社初代宮司・折田年秀の着任(明治683日)前後の神戸を概観している。

521日号で、米国人ジェネラル・ポール・フランクが、東遊園地の土地を兵庫県から借り受け、県からの再三の返還要請を無視して返還に応じず、最終的に、県はフランクに大金を払って土地を取り戻した話を紹介した。元米国陸軍将官フランクは、神戸に来る前、横浜の米国総領事館の「法執行官」(marshal)をしていた。慶応311月、フランクは、米国政府から委嘱を受け、神戸に米国仮領事館(現・海岸通1丁目、郵船ビル)を開設し、本務領事官T.S.スチュワルトが7月に着任するまで、神戸で代弁領事を務めた。

◆明治51873)年の神戸  この年の神戸における特筆すべき出来事は、湊川神社創建と、明治天皇の初行幸である。

1月:楠社の社殿造営着手。

3月:4日、楠社本殿立柱祭。

4月:「貿易五厘金」徴収事務取扱開始。

5月:1日、「湊川・宇治川の間」を「楠社氏子区域」に制定。

6日、楠社本殿上棟式。

7日、政府、「社号を湊川神社、社格を別格官幣社とする」旨、兵庫県に内示(24日、兵庫県に太政官から公式の達書)。

24日、鎮座祭。勅使四辻公賀、宣命を奉告。

25日、楠公祭、勅使四辻、天皇下賜の幣帛を奉り宣命を奉告。2425日、兵庫県職員一同、休暇を付与され参拝。

 この月、神戸運上所が大蔵省租税寮の直轄になる。

6月:楠木正成の墓所の旧碑堂を撤去し、新たに雨覆いと墓門、木柵設置。敷石改装。

 この月、名主、年寄廃止、戸長、副戸長を設置。

7月:6日、明治天皇が九州行幸の帰途、お召艦龍驤で兵庫に到着、現在の中央市場付近に上陸された。天皇は騎馬、伴奉員は徒歩で、行在所となった兵庫県庁(現。神戸裁判所)まで、約2キロを行進した。沿道で住民が出迎えた。

 8日、予定されていた湊川神社行幸は荒天のため中止となり侍従堤正誼が祭文奏上。

 この月、神戸病院の運営経費を、「貿易五輪金と病院収入」とする旨取り決め

8月:湊川神社造営完成。神官が着任するまでの留守役として、清水誠之進と上山閑が「等外出仕三等」に任じられる。清水は、広厳寺(現・通称「楠寺」)の元住職で、明治元年に楠社造営の動きを知り還俗した。上山は、元楠公墓碑の墓守である。

 この月、兵庫・神戸を「第一区神戸」「第二区兵庫」区分け。

花園社、布引山の無償払い下げを出願。

9月:栄町道路実測着手(「栄町」の命名は明治7年)。

10月:阪神間鉄道敷設工事着手。栄町通全線の用地買収完了。

11月:島田重五郎が、西運上所前に桟橋設置。運上所を神戸税関と改称。

12月:3日、太陽暦採用(この日が明治611日になる)。

 この年、兵庫県令神田孝平、米国産馬鈴薯の栽培を勧める。ヘルマン・トロチックが居留地行事局長に就任。「神戸港新聞」創刊。

折田の赴任(4)「折田年秀日記」(『セルポート』2014.5.21号)


神戸今昔物語(通産第476号)湊川神社物語(第2部)
        「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(19

                 折田の湊川神社への赴任(4)

◆明治683日、湊川神社に、初代宮司折田年秀が着任した。神社は、前年の525日に、全国からの寄附と地元の勤労奉仕で創建されていた。

開港から57か月が経過した神戸は、著しい変貌を遂げつつあった。外国人居留地に各国は領事館を開設し、外国貿易商が商館を構えていた。日本人も国内各地から集まってきた。新来の住民は、外国人相手の商売に挑戦し、身近にいる外国人のライフスタイルを積極的に吸収した。

折田赴任前後の神戸の様子を概観する。

◆明治4

1月、居留地の柵門撤廃。

218日、英国人ジョン・マーシャルが神戸港長に就任。
 この月、住民が、湊川から土砂を勤労奉仕で運び、「楠社」(「湊川神社」と命名される前の呼称)の土地を造成。

31日、郵便制度発足(東京・大阪間)、郵便切手発売開始。「飛脚」廃止。
  6日、生田川付替工事着工(69日竣工)。

45日、戸籍法制定。

51日、楠社が、「湊川・宇治川間の産土神」に定められる。
  この月、和田岬灯台初点灯。

617日、政府、兵庫県に楠社造営を委託(太政官布告)、「営繕料」3千円を下賜。

714日、廃藩置県(3府(東京・大阪・京都)302県成立)。
   この月、兵庫県が、米国人ジェネラル・ポール・フランクに貸与していた東遊園地の土地を、1万円を支払って返却させる。明治210月、元米国代弁領事フランクが、自らを「外国人総代」と称して、県から土地4,150坪の貸与を受けた。英国副領事は県に、フランクは「外国人を代表していない」として書面で抗議した。県は、フランクに土地返還を求めたが、フランクは、返還に応じなかった。明治32月、県は事態を外務省に報告し、外務省は米国公使と協議したが、それでも、フランクは土地返還には応じなかったため、最終的に、県はフランクから土地を買い戻した。

88日、神祇官を神祇省に改める(格下げ)。9日、散髪・廃刀の自由を認める太政官布告。
 各開港場の税務を、外務省から大蔵省に所管変更。
 兵庫県、区政実施・戸長設置。

9月、花園社、布引遊園を経営。

108日、政府、岩倉具視特命全権大使の欧米派遣を決定(1112日、横浜出発)。

1113日、全国の県を改廃、372県にする。20日、兵庫県令に神田孝平就任。加納宗七、生田川旧河川敷の整地工事に着手。
 工部省が川崎浜製鉄造船所の事業開始。

1210日、神戸運上所内「郵便仮役所」開設、大阪・神戸間の船便郵便物の受け渡し開始。19日、神戸に郵便箱(ポスト)設置。
この年、元町の松花堂松野庄兵衛が瓦煎餅を売出し神戸の名物になる。兵庫に「米商会所」設置。日本人経営の屠場開設。小野組、諏訪山を購入