『セルポート』2013年5月1日号(連載通算第442号)「神戸今昔物語」
内地雑居の暁 『内地雑居後之日本』 「痩せる人と肥る人」
◆『内地雑居後之日本』 明治32年5月3日、横山源之助(1871~1915)が、天涯茫茫生の号名で『内地雑居後之日本』を刊行した。2か月後の7月17日には、新条約が発効し「内地雑居」が始まることになる。内地雑居とは「外国人に対して、居留地を特に定めずに、自由に国内に住まわせること(明治前期の語)」(『広辞苑』)である。
内地雑居で、外国人も、日本国内で自由に居住地を選び活動することが可能になる。内地雑居後の社会は、日本人にとり天国か地獄か。先に、紹介した坪内逍遥の近未来小説『内地雑居
未来の夢』では、内地雑居後の社会はバラ色であった。
横山は、明治から大正初期の社会派ジャーナリストで、毎日新聞記者を経てノンフィクション作家になり、多くのルポを書き、政府の社会調査にも関わった。代表作は『日本の下層社会』(明治32年4月初版)である。
◆内地雑居の準備進む 「今や、甲も乙も、猫も、杓子も内地雑居を説き、七月以後を想像して身の始末をつけんとす、浮世風呂の流し場、床屋の店端、噂に出づるは内地雑居の事、鉄道の音響聞こへぬ草深き田舎に至るまで、永き(ママ)日を此の噂に消(くら)し居るなり」(『内地雑居後之日本』)。
横山はさらに続ける(「上掲書』)。
内地雑居の準備は、当局が4~5年前から着々と進めている。民法、商法等の法典は編纂され、警察事務は丁重かつ迅速になり、監獄事務も急に改められつつある。民間の英語研究会が数多く出現し、語学生が急増し、欧文の印刷所は忙しくなっている。教育者も内地雑居後の教育方法を研究し、文学者も「志ある者は世界の文学を頭脳に置いている。実業界では、「商人は日夜内地雑居後を夢み、工業家は資本を集めて基礎を固めん」。
◆職工と内地雑居 「あゝ読者諸君、特に余輩が本書に起きて(ママ)目的とせる職工諸君、卿等は果して他の社会の人達と同じく、此の七月にあるを覚悟し、内地雑居後の準備を為せるや、敢て問はん」「欧米人は利害の感念(ママ)極めて強く、権利の思想極めて高し」「彼ら欧米人は営利に凝り固まりたる拝金奴なり、故に彼等は我が国資本家の如くアマッチョロイ者にあらずして、事業の前には人情なく、涙なく、欲しいまゝに其の位置を利用して巨額の利を貪る」「勘定高く権利を此の上なき武器とせる欧米人が、異人種たる我が労働者使役するに於いては、何の人情あるべき、涙あるべき、(略)、彼等は一厘にても利益あらば可なりとして、高をくくり、職工をコキ使ふことは鏡に掛けて見るが如し」「あゝ内地雑居は欧米人と平和の戦争を開くなり」。横山は、過激な表現で「職工」階層に檄を飛ばしている。
◆内地雑居の明暗 カットの「内地雑居の暁 痩せる人と肥える人」では、「地所売買帳」を前に、悠々とキセルをくゆらせる肥った人と、帳簿を前に今にも泣き出しそうな痩せる人を対象的に描いている。社会が激変するときには、大儲けする人と大損する人を作り出すものである。
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