『セルポート』2013年4月21日号(連載通算第441号)「神戸今昔物語」
内地雑居の暁 「警察官憲兵必需」英会話本
◆居留地警察組織改正 明治14年、居留地警察は体制を一新した。まず、専任の居留地警察署長職を新設し、それまで行事局長として警察を管轄してきたストックホルム出身のトロチック(H. M. Trotzig)が警察署長に就任し、その部下として、9名の兵庫県警察官が居留地警察へ出向した。うち8名は、「二等巡査」以上から抜擢された優秀な警察官であった。当時、巡査には一等から四等までの等級があり、一等巡査は分署長級であったので、二等巡査はそれに次ぐ準幹部級であった。
署長の下に欧米人警部、日本人警部がそれぞれ1名いて、欧米人警部の下には、欧米人巡査2名、清国人巡査1名、日本人警部の下には日本人巡査8名がいた(草山巌「神戸外国人居留地をめぐる警察問題」『兵庫県警察史』)。署長以下、総勢14名体制である。
◆「警察官憲兵必需」英会話本 明治19年9月、「警察官憲兵必需」と銘打った英会話本の広告が「神戸又新日報」に掲載された。「米国博士フルベツキ先生序 警官講習所教官上村正度先生校訂、杉山重威先生編術」「洋装美本」「クロース製金文字入り」「定価八十銭」(現代漢字で表記。筆者)の豪華本である。「本書ハ、千葉・和歌山・宮崎・長崎・熊本其他各県警官カ、便用相成居候、最新至便、完全無比、当今当路者必須ノ珍書也」(句読点挿入。筆者)との説明がついている。
この年の5月から翌年7月まで、井上薫外相は、外務省に各国公使を招いて、「条約改正会議」を開催して条約改正案を正式に各国に提出している。新条約が発効すれば、国内で事件を起こした外国人を日本の警察官が日本の法律に基づき取り調べることとなり、警察官にも英語が求められることとなる。そのようなタイミングでの『警官必携 英和会話篇』の発売広告である。
この本の序文を書いたフルベッキ(G.H.F.Verbeck)は、オランダ出身の米国の宣教師である。安政6(1859)年に長崎に来住したフルベッキは、長崎奉行の学校済美館、佐賀藩の学校到遠館で教えた。明治2年、明治政府の顧問格に迎えられた。大隈重信、副島種臣はフルベッキの教え子である。
◆ペケ・サランパン 開港直後、日本人商人と外国人貿易商は、意思疎通に苦労していた。英国外交官アーネスト・サトウは、当時の事情を次のように記録している。「口頭、文書のいずれによるもオランダ語を媒介していた」。「商用のための一種の私生児的な言葉が案出されていたのだ。中でも、マレー語の駄目(peggi ペケ)、破毀(サランパン)は大きな役を務め、それに「アナタ」と「アリマス」とを付け加えて、自分は複雑な取引をやる資格を持っていると、銘々がそう思い込んでいた」(サトウ『一外交官が見た明治維新』)。第2次大戦後、生きるため外国人と折衝する必要が生じた日本人の英語を思い出して、思わずニヤリとしてしまった。
「神戸又新日報」明治19.9.26
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