「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(26)
明治8年の神戸(短銃を携帯する郵便脚夫)
◆郵便脚夫の短銃 明治8年3月7日、「駅逓寮大阪出張」が「郵便物保護のため神戸郵便局の脚夫に短銃を携帯させる」旨兵庫県に連絡した。駅逓寮大阪出張は現在の日本郵政公社近畿支社にあたる。なぜ、郵便脚夫が短銃携帯なのか。
◆天秤棒で運んだ神戸・有馬間の郵便物 明治、大正頃、神戸・有馬間の郵便物運送は「勉栄組」という団体が請け負っていた。運送員は天秤棒の両端に郵袋をくくりつけ、肩に担いで徒歩で運んでいた。神戸郵便局を午前2時ごろ出発した運送員は、途中、数か所の局に立ち寄り、午後になって有馬に到着する。その日は有馬泊まりである。翌朝未明、有馬を発って神戸に帰る配達員は、途中で、有馬へ向うもう一人の運送員とすれ違う。
「草木も眠る丑三つ時」の神戸出発である。有馬まで34キロ、真っ暗な山道を、提灯の灯りを頼りに一人で行く。途中、狐、狸、猪も出没する。危険なのは、郵便物や為替を狙う人間である。配達員は短銃を具備し自衛することとなった。運送手段は、その後、騎馬便、鉄道便(集配員が護送)、自動車便と、時代とともに変遷した。
◆神戸の郵便の歴史 我が国の郵便制度は、前島密が創設した。明治4年3月1日、東京・大阪間の新式郵便取扱が始まった。
8月14日、神戸郵便役所が浜宇治野町に設置された。12月10日、神戸・大阪間に1日3回の汽船便による郵便物運送が開始された。神戸運上所内に郵便仮役所が開設され、業務を開始した。12月19日、神戸に初めて郵便箱(ポスト)が設置された。
明治5年2月25日、神戸郵便役所は、市場町(現元町通6丁目)に民家を買いあげ移転した(土地37坪)。神戸運上所内の仮役所は廃止された。3月1日、海外郵便を開始した。8月1日、横浜・神戸間に1日2回の郵便運送が始まった。12月1日、大阪から兵庫、神戸、堺へ1日2回の郵便を開始した。
明治6年4月1日、郵便料金の全国均一制が実施された。5月14日、神戸・大阪間の鉄道による郵便物逓送の試行を始めた。8月1日、神戸、兵庫に郵便切手売捌所が6か所設置された。
明治7年2月15日、兵庫県下の郵便線路を開設した。
5月11日の神戸・大阪間鉄道の仮営業開始に伴い、5月14日、1日2回の郵便逓送を開始した。12月31日、慶応3年から神戸に設置されていたアメリカ郵便局撤退した。
明治8年1月1日、「神戸郵便役所」が「神戸郵便局」と改称され、為替事務を開始した。1月5日、横浜、神戸、長崎の郵便局で外国郵便を開始した。3月7日、駅逓寮大阪出張が、兵庫県に「神戸郵便局の脚夫に短銃を携帯させる」旨の内務省通達を送付した。
5月1日、市内栄町6丁目に新局舎が竣工し、駅逓寮出張神戸郵便局と改称した。8月1日、貯金事務を開始した。
参考文献 『百年史 神戸ゆうびんの道順』(昭和49年)、『神戸開港三十年史
乾』(明治31年、復刻版 昭和41年)
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