2016年2月15日月曜日

『豪商 神兵 湊の魁』(4)~居留地競売~(『セルポート』2016.2.11号)

       神戸今昔物語(第533号)湊川神社物語(第2部)
      「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(76)

『豪商 神兵 湊の魁』(4)~居留地競売~
 
◆『豪商 神兵 湊の魁』  『豪商 神兵 湊の魁』(明治15年11月)は、神戸区の「先端企業名鑑」「商工名鑑」である。同書には神戸と兵庫の事業者574が掲載されている。

◆神戸開港   「安政五か国条約」で開港場として取り決められたのは神戸ではなく兵庫であった。天皇が兵庫開港に反対していたので、朝廷は開港勅許を出さなかった。慶應2年12月22日、天皇が突然崩御された。

将軍慶喜は「外国との約束をまもるべき」として、朝廷に兵庫開港勅許を再三迫った。

慶応3年5月24日、ついに朝廷は開港勅許を出した。幕府が各国と取り決めた開港日まで半年余しかない。当時、兵庫は北前船の拠点、西国街道の宿場町として繁栄していたので、住民は開港を嫌がり現状維持を望んだ。幕府は兵庫に替えて神戸村を開港場とすることとし、海岸沿いに外国人居留地を建設した。

◆居留地競売   開港日、居留地は建設中であった。世界中から来航した外国人は居留地周辺の民家を借り上げて居留地の完成を待った。領事館も居留地の外に開設された。外国人を困らせたのは法外な家賃と日本食であった。刺身とみそ汁は口に合わない。

居留地競売の詳細は、明治元年6月19日に「大阪兵庫外国人居留地約定書」でとり決められた。居留地の永代借地権競売は4回に分けて行われた。

第1回競売は明治元7月24日(1868.9.10)で、36区画を5か国30人が落札した。落札できなかった貿易商は、次の入札まで待たなければならなかった。

第2回競売は明治2年4月21日(1869.6.1)であった。25区画に4か国と行事局が落札した。第3回競売は明治3年4月16日(1870.5.16)で、60区画を42事業者が落札した。第4回競売は明治6年2月17日(1873.2.17)で5区画を4事業者が落札した。

126区画すべての競売完了まで4年半の歳月がかかっている。

国別内訳は、イギリス64区画(50.8%)、ドイツ23(18.3)、オランダ15(11.9)アメリカ11(8.7)、フランス11(8.7)、イタリア1(0.8)、行事局1(0.8)であった。

◆中国人   開港した年の8月、神戸に数人の中国人が横浜、長崎から神戸に来た。

欧米人貿易商は商館の運営に、中国人を番頭として使用することが多かった。明治4年240人だった神戸の中国人は、明治15年には692人となり外国人の7割を占めた。

清国が日本との締約国ではなかったので、中国人は居留地競売に参加できなかった。彼らは雑居地に土地を求めた。現在も、トアロード、南京町には中国人の所有土地が多い。

作家陳舜臣が生まれ育った海岸通り5丁目の家は「華僑商館の典型的な体裁」で「一階が倉庫、二階が事務所、三階が住居」であった。戦前、「海岸通りと栄町通」の中間の道路の両側には中国人の「海産物問屋がずらりとならんでいた」(『神戸ものがたり』)。
 
 

2016年2月3日水曜日

『豪商 神兵 湊の魁』(3)~本書の意義~(『セルポート』2016.2.1日号)


「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(75)

『豪商 神兵 湊の魁』(3)~本書の意義~
 
 ◆『豪商 神兵 湊の魁』  『豪商 神兵 湊の魁』(明治15年11月)は、明治10年代前期の神戸区「先端企業名鑑」である。

神戸区は、明治12年1月8日に「第一区神戸」と「第二区兵庫」に坂本村を加えて発足した。明治22年4月、神戸区に葺合村、荒田村を合わせて神戸市が誕生する。

同書では、神戸区を、湊川で東西に分けている。冒頭からページを繰っていくと、突然「神戸区・湊川之西」と表記したページが現れ、兵庫の事業所紹介が続いている。神戸には特段の表示はない。

当時、兵庫と神戸は、川床6㍍超の天井川・湊川により東西に分断されていたため、交流はほとんどなく、「人情、風俗、嗜好、習慣」まで異なっていた(『神戸開港三十年史』)。

◆雑居地  開港当日になっても居留地は工事中であった。朝廷による開港勅許が遅れ、幕府が居留地建設に着工できなかったためである。外国人は「住むところがない」として、政府に居留地外の居住を認めるよう陳情した。政府は居留地の外側に日本人と外国人が混住できる「雑居地」を設けた。雑居地は生田川と宇治川の間の区域である。

開港した神戸に各国は領事館を開き、欧米人貿易商が商館を開業した。中国人も数多く来住した。開港翌年の1869年11月にスエズ運河が開通した。東西の物流、人流が盛んになり、神戸は横浜とともにわが国の「世界への窓口」となっていく。

日本人も国内各地から神戸に移住してきた。神戸では「隣人は外国人」であった。進取の気風に富む新来住民は、外国人のライフスタイル、生活文化を積極的に吸収し、外国人相手の商売にも果敢に挑戦した。

◆『湊の魁』の意義

同書には神戸区の小売業、卸売業、飲食業、料亭、製造業(靴、西洋家具、パンビール等)、造船所、米商会所、問屋、代言人(弁護士)、左官、銭湯、理髪店等574事業者が、屋号、取扱品目、所在地等とともに紹介されている。

同書の意義として次の諸点を指摘することができる。

第1は、開港から15年が経過した神戸で、欧米風の生活文化の萌芽が確認できることである。

第2は、神戸に三菱会社を中心とした海運関連企業が定着しつつあることがわかることである。

第3は、貿易関連業が神戸に定着しつつあることが確認できることである。

第4は、神戸と兵庫の町の性格違いを読み取ることができることである。

第5は、湊川が神戸と兵庫を、物理的、心理的に分断していたことが分かることである。

第6は、神戸と兵庫の観光名所が紹介されていることである。

第7は、スケッチ等のビジュアル情報があることである。

第8は、「国際港湾都市」「国際貿易都市」神戸の芽生えが見えてくることである。

第9は、おしゃれで上品な大都市神戸の都市魅力の原点が読み取れることである。

第10は、同書を『神戸開港三十年史』等の同時代の史料と併せ読むことによって、当時の神戸の様子が生き生きと伝わってくることである。
 

(カット)「神戸区湊川西之部」のページ



 

2016年1月30日土曜日

『豪商 神兵 湊の魁』(2)~神戸と兵庫~(『セルポート』2016.1.21号)


神戸今昔物語(第531号)湊川神社物語(第2部)

「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(74)

『豪商 神兵 湊の魁』(2)~「新興神戸」と「守旧兵庫」~

◆先端神戸と守旧兵庫  明治15年11月刊行の『豪商 神兵 湊の魁』は、神戸と兵庫の「先端企業名鑑」である。書名の「魁」(さきがけ)は「他に先んじる」という意である。

同書から、開港から約15年経過したころの神戸と兵庫の町の違いがはっきりと読み取れる。

開港場神戸では、洋食、パン、コーヒー、ビール、西洋小間物、洋服仕立、靴製造等の店舗、事業所が数多く立地し、欧風の生活文化が根付きつつあることがわかる。また、海岸通、栄町通、元町通等には三菱汽船向けの船客手荷物取扱業や、貿易商、茶貿易商、両替商、洋銀売買商等が営業していて、国際港湾都市、国際貿易都市への芽生えが見られる。一方、兵庫には、伝統的な米商会所、穀物仲買仲間、問屋、造船所等が立地している。

◆刊行の狙い  同書序文(現代文に意訳)は次のとおりである。 

兵庫の湊はその昔 平清盛の築給ひし処にして いと古き土地

そこは人家周密し 名に聞こえし商家軒を連ね

その上 大坂入船の要たれば 諸船集いて昼夜の分もなし

近年神戸開港なりて 家商店を移し或は支店を設け

交易の諸人雑踏して ますます繁旅を極めたり

此書や両港の商売工業のすぐれたるを もらさず記し

商家取引の便利をはかり また 遊覧のために名所旧跡の図を加え

旅中船中持ち遊ぶものとしても 至極軽便にして両益の書なり

誘地へ路を入る人達は 必ず携えたまうべしと 

編者に代わって一言を記す次第なり    

明治十有五年十月 竹陰居主人印

 

◆奥付  同書は「明治十五年一月十九日御届、同十一月出版」「定価貮拾五銭」「編輯出版人 大阪北区曽根嵜新地1丁目垣貫與祐、賣捌人 兵庫県下神戸相生町東詰 熊谷久榮堂、大阪府下高麗橋2丁目 熊谷久榮堂」である。定価25銭は、明治15年の理髪料金(8銭)の3倍強であり、現在の価格では約1万円となる。

◆掲載企業  同書には合計574の事業者が紹介されている。「神戸区東部・港川以東」は265企業、「神戸区西部・港川以西」は309企業である。

事業者の紹介スペースはそれぞれ均一ではなく、商号、事業者名だけの簡素なものと、半ページから1ページのスケッチ付きのものがある。スペースの違いは企業が払う広告料の違いであると考えられる。つまり、同書への掲載は有料だったのである。

◆観光名所  同書には神戸の観光名所13か所がスケッチ入りで掲載されている。「港川以東」には、「海岸通(居留地)、兵庫県庁、神戸停車場、布引滝、生田神社、楠公社」が、「港川以西」には、和田神社、長田神社、清盛塚、和田岬灯台、八幡宮、築嶋寺、新川住吉舎がある。序文にあるとおり、同書は神戸と兵庫の観光ガイドブックも兼ねていたのである。

※くずし字解読は、「西宮古文書を読む会」飯塚修三会長、谷田寿郎氏と神戸新聞社大国正美氏にお世話になった。

 
『豪商 神兵 湊の魁』地域別・業種別事業所内訳(カッコは%)         
  
地区
計
貿易・金融・海運業
卸小賣業
宿泊飲食業
製造業
その他
  神戸
265
(46.2)
57
(21.5)
115(43.4)
51
(19.2)
9
(3.4)
33
(12.5)
  兵庫
309
(53.8)
8
(2.6)
155(50.2)
19
(6.2)
18
(5.8)
109
(35.2)
計
574(100.0)
65
(11.3)
270(47.1)
70
(12.2)
27
(4.7)
142
(12.7)

(作成:筆者)