『セルポート』2013年3月21日号(連載通算第438号)「神戸今昔物語」
内地雑居の暁
◆居留地返還 「内地雑居の暁」は、明治30年2月から4か月間にわたり、「神戸又新日報」に断続的に掲載された24枚の風刺絵である。
新条約が明治32(1899)年7月17日に発効する日を2年後に控えた頃の、市民の不安と期待を皮肉ったものである。
幕府が欧米列強と結んだ「安政五か国条約」で、兵庫(神戸)、神奈川(横浜)、長崎、箱(函)館、新潟の開港と、江戸と大坂の開市が取り決められた。条約上、「開港」とは港だけを開くことではなく、町を外国に開くことである。外国船舶は貿易のため開港場には入港できるが、開市場には入港できない。開港場、開市場には外国人居留地が開設された。
◆開港式 1868年1月1日の神戸開港式は、神戸外国人居留地南端の海沿いに新装なった運上所で行われた。横浜、長崎、箱館から9年遅れての開港である。日本政府を代表して兵庫奉行柴田剛中が、フランス(レオン・ロッシュ公使)、イギリス(ハリー・パークス公使)、イタリア(デ・ラ・トゥール公使)、プロシャ(フォン・ブラント代理公使)、オランダ(ファン・ポルスブロック公使代理総領事)、アメリカ(ファン・ファルケンブルグ弁理公使)に、幕府外交事務・永井玄番頭の花押入り「開港・開市宣言書」を読みあげて手交した。通訳は英語、オランダ語に堪能な与力の森山多吉郎であった。
◆治外法権 日米修好通商条約(安政4年)では、「日本人に対し法を犯せる亜米利加人はアメリカコンシュル裁断所にて吟味の上亜米利加の法度を以て罰すへし亜米利加人へ法を犯したる日本人は日本役人糺の上日本の法度を以て罰すへし(略)」と取り決められていた。日本人が犯した犯罪は日本の奉行が裁判するが、外国人が犯した犯罪は外国領事が裁判し、日本は関与しないという取り決めであり、一見、平等であるように見える。実際、条約協議の段階で、幕府の役人はこの条項にまったく反対しなかった。役人たちは、外国人を外国領事が裁けば、日本側は面倒なことに巻き込まれないと考えたからである。けれども、犯罪が行われる場所は日本の領土であり、外国人の犯罪で侵害されるのは日本の国益であり日本人の人権なのである。
◆速力の相違 新条約が発効すれば、外国人も日本国内で居住地を自由に選ぶことができ、どこへでも自由に行けるようになる。日本側は、外国人との生活習慣の違いによるトラブルや文化摩擦を懸念した。外国人には、特権がなくなることと、異教徒である日本の法律制度、裁判制度等への不安があった。
居留地時代、居留地の警備は、居留地自治組織である居留地行事局の居留地警察が行っていたが、新条約発効で居留地が返還されれば、日本の他の地域と同様に日本の警察権が及ぶことになる。
カットの「内地雑居の暁・速力の相違」は、足が長い外国人を追いかける日本人の警官を皮肉っている。治外法権で傲慢な態度に慣れ切っていた外国人を取り締まることに、日本人警官はさぞ緊張したことであろう。