神戸今昔物語(第531号)湊川神社物語(第2部)
「湊川神社初代宮司・折田年秀が見た居留地時代の神戸」(74)
『豪商 神兵 湊の魁』(2)~「新興神戸」と「守旧兵庫」~
◆先端神戸と守旧兵庫 明治15年11月刊行の『豪商 神兵 湊の魁』は、神戸と兵庫の「先端企業名鑑」である。書名の「魁」(さきがけ)は「他に先んじる」という意である。
同書から、開港から約15年経過したころの神戸と兵庫の町の違いがはっきりと読み取れる。
開港場神戸では、洋食、パン、コーヒー、ビール、西洋小間物、洋服仕立、靴製造等の店舗、事業所が数多く立地し、欧風の生活文化が根付きつつあることがわかる。また、海岸通、栄町通、元町通等には三菱汽船向けの船客手荷物取扱業や、貿易商、茶貿易商、両替商、洋銀売買商等が営業していて、国際港湾都市、国際貿易都市への芽生えが見られる。一方、兵庫には、伝統的な米商会所、穀物仲買仲間、問屋、造船所等が立地している。
◆刊行の狙い 同書序文(現代文に意訳)は次のとおりである。
兵庫の湊はその昔 平清盛の築給ひし処にして いと古き土地
そこは人家周密し 名に聞こえし商家軒を連ね
その上 大坂入船の要たれば 諸船集いて昼夜の分もなし
近年神戸開港なりて 家商店を移し或は支店を設け
交易の諸人雑踏して ますます繁旅を極めたり
此書や両港の商売工業のすぐれたるを もらさず記し
商家取引の便利をはかり また 遊覧のために名所旧跡の図を加え
旅中船中持ち遊ぶものとしても 至極軽便にして両益の書なり
誘地へ路を入る人達は 必ず携えたまうべしと
編者に代わって一言を記す次第なり
明治十有五年十月 竹陰居主人印
◆奥付 同書は「明治十五年一月十九日御届、同十一月出版」「定価貮拾五銭」「編輯出版人
大阪北区曽根嵜新地1丁目垣貫與祐、賣捌人 兵庫県下神戸相生町東詰 熊谷久榮堂、大阪府下高麗橋2丁目 熊谷久榮堂」である。定価25銭は、明治15年の理髪料金(8銭)の3倍強であり、現在の価格では約1万円となる。
◆掲載企業 同書には合計574の事業者が紹介されている。「神戸区東部・港川以東」は265企業、「神戸区西部・港川以西」は309企業である。
事業者の紹介スペースはそれぞれ均一ではなく、商号、事業者名だけの簡素なものと、半ページから1ページのスケッチ付きのものがある。スペースの違いは企業が払う広告料の違いであると考えられる。つまり、同書への掲載は有料だったのである。
◆観光名所 同書には神戸の観光名所13か所がスケッチ入りで掲載されている。「港川以東」には、「海岸通(居留地)、兵庫県庁、神戸停車場、布引滝、生田神社、楠公社」が、「港川以西」には、和田神社、長田神社、清盛塚、和田岬灯台、八幡宮、築嶋寺、新川住吉舎がある。序文にあるとおり、同書は神戸と兵庫の観光ガイドブックも兼ねていたのである。
※くずし字解読は、「西宮古文書を読む会」飯塚修三会長、谷田寿郎氏と神戸新聞社大国正美氏にお世話になった。
『豪商 神兵 湊の魁』地域別・業種別事業所内訳(カッコは%)
地区
|
計
|
貿易・金融・海運業
|
卸小賣業
|
宿泊飲食業
|
製造業
|
その他
|
神戸
|
265
(46.2)
|
57
(21.5)
|
115(43.4)
|
51
(19.2)
|
9
(3.4)
|
33
(12.5)
|
兵庫
|
309
(53.8)
|
8
(2.6)
|
155(50.2)
|
19
(6.2)
|
18
(5.8)
|
109
(35.2)
|
計
|
574(100.0)
|
65
(11.3)
|
270(47.1)
|
70
(12.2)
|
27
(4.7)
|
142
(12.7)
|
(作成:筆者)